台湾靴下工場の人々

台湾の靴下工場は、工員も含めて35名の小さな工場です。

台湾中部の靴下の町「社頭」に位置しております。

工場の経営は、現在下記3名から成り立っています。

工場経営陣と私たちと工場との関係性について紹介して参ります。

名前は、中国語名ですと漢字で読みにくいので、英語名で表記しております。

台湾靴下工場の人々

社長のヘンリー

台湾靴下工場社長のヘンリー(英語名)は、1980年、靴下の編機を購入して、自ら操作を学ぶところから工場を開始しました。

「編機の操作に興味があったから起業した」そうです。

自ら靴下のデザインとサンプルを製作し、台北の貿易会社へ売り込みに行き、受注したら生産するという形態からのスタートでした。

その後、ヨーロッパ、アメリカの顧客との取引も開始し、事業を拡大して行きました。

私が初めて社長に出会ったのは10年前です。

会社員時代に台湾で靴下工場を探したことがきっかけでした。

初めて工場を訪問したとき、社長が「数量が多くても少なくてもオーダーはオーダーだ」

と言ってくれたので、取り引きを開始することになりました。

発注数量も年々増えていき、大口の注文で、工場に長期滞在する機会も増えていきました。

夜型の社長と夜な夜な話をするなかで、靴下のことはもちろん、工場を起業するまでのこと、ものづくりの心構えなど多くのことを教わりました。

工場長のロバート

工場長のロバートは、社長の息子です。

オーストラリアの大学を卒業し、台湾の工場に戻り、工場長として、全体の生産管理及びサンプル製作を管理しております。

靴下のサンプル製作の腕は、社長のお墨付です。有名テーマーパークのデザイナーさんからお褒めを頂いたこともありました。

彼も父親に似て、靴下の編機に向かう時間を大切にしています。彼もまた靴下の製造が好きで仕方がありません。

以前夜中に生産ラインを覗きに行ったところ、彼が「うひひひ」と笑いながら、編機に糸をかけていました。

はにかみ屋で、初対面のときは、ぶっきらぼうに見えますが、慣れるとかなり喋ります。

以前は、いつも社長に怒られており、その姿が微笑ましかったのですが、ここ数年はさらに多くの業務を任され、怒られる姿を見ることもほとんどなくなりました。

生産管理のスーザン

私たちは普段、サンプルから生産まで、客先からの指示を一手に引き受ける窓口業務をしている女性スタッフとやりとりをしています。

彼女の名は「スーザン」オーダーを追跡して工場の各部署に細かい指示を出す、「生産管理」(中国語で跟單)が仕事です。

スーザンは、普通の生産管理担当者ではありません。自ら靴下の編機を操作し、現場で製造するところから靴下に携わってきました。

全ての工程を担当した経験があるため、現場を深く理解しています。

工場との付き合いを開始して以来、具体的なオーダについては、全てスーザンとやりとりをしています。

10年も付き合っていると、「あの時のあれ」「あの時はああ」でコミュニケーションが取れてしまうことも多くあります。

私たちと台湾靴下工場の関係性とは?

起業して初めの数年間は、工場の営業を窓口をしておりました。

オーダーがある程度落ち着いたところで、スーザンに引き継ぎました。

現在は、弊社が工場に発注し、工場が納品する形態です。

台湾工場の継続と発展が、私の人生そのものと言っても過言ではありません。

靴下の素材、技術、工場のレイアウトの隅々まで、社長の考え方が宿っています。

迷信じみていると思う方もいらっしゃるかとは思いますが、私は「モノに心が宿る」という言葉を信じています。

お客様に自分自身も履きたいと思える「心が宿った靴下」を提供することは私たちのポリシーです。